私とビーグルの切れない関係

 

 

ハンドルネームからも分かるとおり、私はビーグル犬に対して
大変な思い入れがあります。

ビーグルは私が獣医になるきっかけを与えてくれました。
なんかクサい話になってしまうかもしれませんが、
お時間がありましたら読んでやってください。

私が生まれる2ヶ月前、そのビーグル犬は我が家にやってきました。

名前は「ボケ」。ひどい名前です^^;
私の父が保健所で今にも殺されそうだった子犬8頭の中から、
父を見つめていたこのボケをつれて帰ってきたそうです。

ボケはその8頭の中でもずば抜けてブサイクだったとか(笑)

ボケはその名前の通り、確かにボケた犬でした。
外の路地に捨ててあるアジの開きが気になり、リードを繋いであった
下駄箱を倒してそれを取りにいって、やってしまった後に怒られるのが
恐くなってうろちょろしていたり、車が迫って来てるのにのんきに寝ていて
タイヤで尻尾を踏まれたり・・・

私は小学生1年生の頃からボケの散歩をするようになりました。
一人で行った初めての散歩では、私はボケに数分間引きずり回されてしまい、
足に大変な擦り傷を作ることとなりました^^;
ボケがお母さんに怒られていたのをよく覚えています。

散歩の時間になると私が玄関に近寄るだけでボケは飛びはね、
自分の鎖に絡まるというボケをかましてたりしてました。

ボケがどんなものを食べているのか気になり、ボケと一緒に
ドッグフードを食べてみたり、「とってこい!」がやりたくて
リードを離したら帰ってこなかったり・・・
お母さんが動物病院で「ボケ」と書くのが恥ずかしくて、
「ポッケ」と名前を偽造していたり・・・(笑)

思い出せばキリが無いほど、たくさんの思い出があります。
ボケは完全に私の友達でした。

しかし私が小学6年生の時、ボケが急に元気をなくしました。
「風邪じゃないか?」と家族みんなで考え、餌を栄養の
ある缶詰に変えて様子を見ることにしたのですが・・・

夜中に異変は起こりました。
母の「ボケが息してない!」という叫び声。
父の車で家族揃って、出来るだけ近くの動物病院へと急ぎました。

そこの獣医はそこまで有名ではなかったのですが、
とても素早い判断で治療を開始してくれました。
そして、数分間息をしていなかったボケを蘇生させたのです。

ボケは生き返りました。
今になって考えると「子宮蓄膿症」が悪化しきった、
それはそれは酷い状態だったのです。

大好きなボケを生き返らせてもらったこと、格好よかったその先生のこと、
そして獣医という職業のすばらしさが強く心に残りました。

これが私が獣医を目指したきっかけです。
父がボケを保健所から連れてこなかったり、
ボケをあの病院に連れていかなかったりしただけで
私の人生は完全に違う方向へと向かっていたでしょう。

ボケはそれから4年間、元気に生き、そしてこの世からいなくなりました。
ボケは最後までボケらしく、自分が死ぬときもそれが分かっておろおろしたのでしょう。
自分で自分が埋まるための穴を掘って、困った顔で死んでいました。

その一ヶ月後、ボケを追いかけるように、私のお母さんも亡くなりました。
ボケはきっと大好きなお母さんと一緒に今も散歩に行っていると思います。

私と一緒の頃に生まれて、私の母親と一緒の頃に天国に行ったボケ。
それが私がビーグルに対して持つ、特別な思い入れの理由なのです。

 

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